たまっていた本を読む。

田中純氏の「エステティックの臨界」にざっと眼を通す。全体のコンセプトとしてはタイトルにもあるように、美学の臨界点や臨界線を示すことにより、美学が示す領域の変革や、美学への新たな視座の導入ではないか。そのコンセプト自体には特に異論はないのだが、掲載されている論文によって、読みやすさにかなりばらつきがあるように思われる。そう感じてしまうのが、自分の能力が足りないためなのかそうでないのかをはっきりさせるために、もう少し読まなければならない。門林、千葉、宮崎各氏の論は自分の研究対象に関係するので、特に注意して読むこと。

特に千葉氏の論は、以前UTCP研究論集でも見たように、生成変化について言及されている。生成変化はドゥルーズの中心となる概念であり、時間論と結びつくことになっていく。こうしたドゥルーズの時間論を考察する上では運動の概念に触れないわけにいかない。当然ベルクソン的な運動の概念はおさえていかなければならないが、『感覚の論理』の中でも言及されているローゼンバーグのそれも視野に入れておきたい。

時間と運動、襞と「裂け目」。このあたりを核として後半部の議論をまとめたい。中心となるのは、『差異と反復』、『意味の論理学』、『ライプニッツバロック』あたりか。実際の具体例を考えながら進めること。

快楽(けらく) 上巻 (新潮文庫 草 91-6)

快楽(けらく) 上巻 (新潮文庫 草 91-6)

武田泰淳。下巻もあるので、まずは両方とも読んでから。

ヴィリエ・ド・リラダン、レーモン・ルーセルは早めに手に入れておくこと。